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なにを庇護してるんだろう

先日の大相撲の千秋楽の結びの一番をたまたま観ていた。

今日の横綱審議委員会を経て、海老沢委員長は財団法人日本相撲協会の北の湖理事長に両横綱に注意をするよう促したが、北の湖理事長は朝青龍の行為は流れの中でのもので問題なしとした。
僕にはそうは思えない。
白鵬はすでに両手を土俵について四つんばいになっており、
朝青龍はいったん身体が止まった後に、さらに白鵬を押し始めている。
これを流れの中での行為とするなら、その資質こそが問題だ。
負けた相手に対してとどめを刺すことを潔しとしないのが、
日本の武道全般のスタンスじゃなかったか。
留まるべきを留まらないというのは、国技である相撲の流儀に反する行為のはずだ。
それを判断しない責任者たる理事長は、
相撲を冒涜してもなお厚顔をさらすことを是としているというしかない。

前々日も前頭辺りからの取り組みを傍観していたが、
モンゴル勢同士の取り組みとかあって、外国人力士の多いことに改めて驚愕した。
国技って、そもそも定義はなに?
相撲は、本来競技ではなかった。それは今更言っても仕方がないが。
剣道でも柔道でもそうだが、相手を敬う精神があってその先に武道があった。
相撲もそのメンタリティの範疇で存在してきた。
少なくとも、僕が少年時代から見てきた相撲はそうだったはずだ。
今の、特に、朝青龍の一連の振る舞いは、それに反する。
強いから好きという人もいるだろうが、
力士は強いことが第一義ではない。
僕にとって、少なくとも彼は尊敬に値しない。
そんな横綱の存在を認め、傍若無人な振る舞いをとがめない財団法人など
なくしてしまえばいい。

コメント (2)

会長:

さいとうさん、お久しぶりです、どもども。

自分は柏鵬時代から40年以上相撲はTVで観戦しています。
あまり美形ではなく強くて嫌われていた北の湖や八百長の非難を浴びた千代ノ富士、1回の優勝もしなくて横綱になれた双羽黒の時代も相撲を観戦して来ました。

「朝青龍」の問題で責任を問われている北の湖理事長は自らの理事長職を守りたかったのでしょうね。
しかし、ありゃひどい、エコヒイキ、ネコヒジキ
理事長のコメントひどかったですね。

僕が沢庵とお茶で近所のじい様とテレビ観戦していたのは、栃若時代の土俵です。最初にファンになっていたのは鏡里だったらしいです(自分では覚えていない)。だから、吉葉山も見ているはずですが、弱いほうに加勢する性格がこの頃から身についていたのかな。古い話です。
北の湖は現役時代も不遜さが目につきましたが、性格は墓場に行くまで変わらないのでしょうね。

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2008年05月26日 22:13投稿のページです。

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