2年前の野村総研の調査によると、今僕の住んでいる私鉄沿線の世帯は
所得額、貯蓄高ともに、すべての路線の中で一位だったらしい。
でも、夜少し遅い電車に乗ると、乗客のほとんどは若者で、
もうしわけないがそれほど所得水準が高そうには見えない。
貯金残高が数千万円なんて、
もちろんわが家も含めてだけど、実感が湧かない。
でも、あ、そうかと気がついた。
高所得の人たちは、電車通勤などしないのか。極論だけど。
いまでも、あるのかどうかはわからないが、
役員クラスには運転手付きの黒塗りが手配される。
それがサラリーマンのゴールだと言う人もいた。
そういえば、去年あたりまで近くの路上に、
毎朝早くから人待ちの黒塗りが止まっていた。
一年ほどで来なくなったけど。
古風な認識かどうかはさておき、
長年勤め上げた終演間際のステータスとしては
黒塗りのハイヤーはとろりと輝いて、
晴れがましさにあふれているのだろう。
いくつめかの会社に勤めていたとき、
マイカー通勤だった。
会社は紀尾井町だったが、一台分の駐車スペースがあった。
早い者勝ちだったので、遅刻がちな僕がそのころは出勤が早かった。
当時は、他人が運転する車にははらはらして乗れなかった。
タクシーでさえ、自分が運転したいくらいで
道を知らない運転手に指示をするくらいならハンドルを握らせろと思った。
この歳になると、後部シートで車窓を眺めているのが
なんてらくちんなのだろうとも思う。
混雑する電車は、苦痛でしかない。
それを長年我慢して、ようやく自分専用の、
黒塗りの後部シートが用意されるというのは
甘美な理想なのだろう。
たどり着く人は限られているのだろうが。
青山に勤め先が変わってから
僕はしばらく一日500円の絵画館の駐車場をよく使っていたのだが
その後自転車通勤になった。
白山通り、外堀、迎賓館から権田原で、銀杏並木。
都心の四季も乙なものだった。
信号待ちで、後部シートで新聞を広げて読む男と目があった。
申し訳ないが、その頃、優越感は僕のほうにあった。